No. 2877 企業のように見る:ブラックフライデーが意味するもの

Seeing Like A Corporate:What Black Friday Means

by Indrajit Samarajiva

ジンバブエのイラン大使館(とイランの軍事報道官ゾルファガリ)は、「アメリカの」最近の損失をブラックフライデーと呼んだ。https://x.com/IRANinZIMBABWE/status/2040352350250926156
https://x.com/DD_Geopolitics/status/2040437494114832580
アメリカ人はブラックフライデーを「売り」と理解している。我々は今、軍産複合体の投げ売りを目撃している

物事を国家として見るのはもう古い。その支離滅裂な発言からわかるように、白人帝国は国が運営しているのではない。ましてや、その非人間的な行動からかわるように、人間が運営しているのでもない。帝国を運営しているのは「企業」、つまり貪欲の化身である。だから国家ではなく企業として見なければいけない。

帝国を支配しているのは選挙ではなく利益率である。それが低下すると資本主義(マルクス)は帝国主義へ傾き(レーニン)、銃口によってのみ阻止できる(毛沢東)。わずかな利益は空腹を満たさないから常に新たな国が食卓に上らなければならない。帝国を動かすのは資本収益率であり、選挙結果は単なるマーケティングキャンペーンに過ぎない。

マーケティング
アメリカを企業としてみると、いわゆる「アメリカ」の政治はすべてマーケティングだということがわかる。

アメリカの軍事戦略について議論するのは、コカ・コーラのCMの世界観を議論するようなものだ。喉が渇いた少女は本当に潤うのだろうか、抑圧された女性たちは本当に解放されるのだろうか?すべてがマーケティングで、こんなことは実際に起こっていない。奴らはただ何かを売ろうとしているだけなのだ。空っぽのカロリーか、空虚な戦争を。アメリカの言葉はすべてマーケティングだと理解すべきだ。

アメリカがなぜ実際に国家を建設したり、真の民主主義を確立したりしないのかと問うのは、なぜそのデオドラントを使っても彼女ができなかったのか、なぜそのシャンプーを使ってもモデルになれなかったのかと問うのと同じだ。奴らはただ商品を売りつけようとしただけなのだよ、愚か者。もしそれが後で全部ゴミ箱行きになったとしても、それはそれでいい。そうすればもっと売れるから。

この組織を実際に運営している企業AI(オランダ東インド会社(VoC)がアルゴリズムによって創設された1602年以来、その役割を担っている)は、コカ・コーラ社が喉の渇きや幸福を理解しているのと同じくらい、民主主義や自由に理解も関心も持っていない。ただ、人間に対してこれらの言葉を使うことで、自身の代謝に必要な資源――つまり、お金という尺度で測られる生のエネルギーやエネルギーに対する権利――を確保できると気づいたに過ぎない。

ジョエル・バカン著『ザ・コーポレーション:利益と権力への病的な追求』(2005年)より

これは、資本主義者の権化ミルトン・フリードマンが、ジョエル・バカン著『ザ・コーポレーション』の中で企業の社会的責任について述べた内容の本質である。彼は、企業が自らの「代謝」(金)以外の何かに気を配るべき唯一の時は、アンコウの光のように人々を騙すためだと述べた。それは「自動車を売るために、車の前に美人女性を立たせるようなものだ。美を広めるためではない。車を売るためだ」。これこそが、「アメリカ」の反社会的な外交政策の真の理屈である。民主主義を推進するためではない。武器を売るためなのだ。

この意味で、「アメリカ」は戦争で負けたことは一度もない。なぜなら常に利益を上げているからだ。ベトナム戦争は敗北ではなく、第二次世界大戦よりも多くの爆弾を東南アジア全域に「売った」。アフガニスタン戦争は20年間の無駄ではなく、20年間の繁栄だった。そしてウクライナは、膠着状態ではなく安定したビジネスだ。この意味において、これが唯一の真の意味なのだが、イランへの戦争は無意味ではない。実際、これほど多くの航空機や兵器を失うことは良いことなのだ。なぜなら顧客はそれらを補充しなければならないからだ。

会計

企業の考え方を理解するには、その「DNA」すなわち複式簿記という二重らせんを読み解く必要がある。マスコミが「コスト」と報じるあらゆるものは別の何かにとっては収益である。その「何か」は、決してコストを嘆くことはない。米国財務省への借方記入は、すべてトレジャーハンターにとって貸方記入であり、市場全体が下落していても誰かの株価は上昇する。悪い戦争でさえ、誰かにとっては良いビジネスであり、会計担当者にはそれが重要なのだ。軍事的な敗北があっても、いや、敗北があるからこそ彼らは勝っている。会計上、あらゆる損失はどこかで利益となる。繰り返すが、国を企業として見ればそれがわかる。

つまり、私たちが目にしているのは火力の誇示ではなく「投げ売り」だ。軍産複合体の閉店セールだ。全て売り尽くさなければならない。彼らはウクライナに砲兵と戦車を、ガザには無誘導爆弾を投下し、今度はイランにレーダー、飛行機、ヘリコプターといった貴重な兵器を投下している。人々は「アメリカ」が負けていると言うが、それは企業ではなく国家として見ているからだ。「アメリカ」帝国は崩壊しつつあるかもしれないが、「アメリカ」企業の貸借対照表と株価は文字通り急上昇している。武器商人たちの予算は1.5兆ドルにまで膨れ上がり、もはや実際に商品を納品する必要さえほとんどなくなっている。負けることの中に多くの「勝ち」があるのだ。

つまり企業として見れば状況はよくわかるはずだ。米国を支配しているのは利益率だけであり、戦争に負けることは、この点において悪いことではない。むしろ、最高だ。失われた飛行機1機ごとに、どこかの請負業者が利益を得て、破壊された基地1つごとに、別の不動産が再開発される。もちろん、これらの飛行機や基地が再建されることは決してないだろうが、今日お金がもらえるなら、そんなことはどうでもいいだろう?これは街では「マフィアの資金洗浄」と呼ばれ、財務諸表上では清算と呼ばれる。どっちも同じだ。イランはこれを悪いことのように「ブラックフライデー」と呼ぶが「アメリカ」にとっては単なる良いディールに過ぎない。いわば「お買い得」だ。

https://indi.ca/seeing-like-a-corporate/